【2011】歴史的な大震災も、大型台風も経験した2011年。(2011-12-13)

【shima fes SETOUCHI 2011閉幕後 100日記念企画コラム】

「あれから、100日。これから、100年。」

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第1回島フェスを終えて、今日12月13日でちょうど100日になる。 感謝の気持ちと決意を込めて。

2011年12月13日(火) 「あれから、100日。これから、100年。」

【歴史的な大震災も、大型台風も経験した2011年。】

2011年9月4日。この日、僕らは「百年つづく、いのちのフェス。」というコンセプトのもと、 記念すべき一回目の島フェスを開催した。台風12号「TALAS」がまさかの大直撃で、 中止してもおかしくない状況だったけど、今年の日本は東日本大震災もあって、 僕の中では今年、2011年に日本からメッセージをカタチにして発信すること、 つまりどんなカタチであれ、僕らなりの「産声」をあげることが大切だと感じていた。 今年、この年、この傷付いた2011年から第一歩を踏み出すんだ、と僕は3.11以降、強く思っていた。 天気予報を見て、台風が近づいていること、ほぼ間違いなく直撃するであろう事を実感しても (苦労をかけた仲間たちには申し訳ないが)「開催」に向けて一切、焦りも迷いもなかった。 僕は香川県出身だが、今は東京に事務所を構えている。東日本大震災を東京で経験した。 3.11、目の前の全てが激しく揺れ、東京は混乱した。命に別状はなかったにせよ、 大変な恐怖とショックを覚えた。 その後、何十回と訪れる強い余震にも怯え、不安な日々が続いた。 世の中のエンターテイメントは「不謹慎」という言葉で片付けられ、どんどんと延期や中止になっていた。 でも、それは間違っていると思った。 こんな時こそ、笑顔はきっと必要だし、うつむかずに楽しむ心こそ必要だ。 周囲の友人たちがボランティアで続々と被災地へ向かったり、 原発事故の影響を恐れて沖縄や九州へ移住し始めた。 いろいろなものが大きく変わっていく中で、僕は不安だった。薄暗く、鈍い時の流れを確かに感じていた。 これからの人生で、この震災という名の「変化」に、どう向き合うか。 僕はそのヒントを島フェスに求めていた。

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【自然の力と、人間の力。】

2011年9月。 島フェスの開催が近づいて、台風の存在を認識した時、僕の中で全ての不安は「決意」に変わっていった。 揺るぎない気持ち、信念、決断。そうしたものが、とてもシンプルに、静かに僕を支配していた。 とは言え、自然の力は偉大だ。決して、あなどることはできない。 何より、お越し頂くお客様、アーティストの方々や関係者の方々の安全確保を最優先に考えねばならない。 結局、数度の作戦会議を経て、「中止にはしない」という僕の大前提をもとに導き出した結論は、 9月4日午後のみの限定開催。半日のみの小規模フェス。 2011年、島国日本の小さな島からの確かなメッセージ。 課題は多かったが、僕たちの心には、力強く、確かな「熱」があった。これは自然と向き合う人間の力だ。 約40組ほどが出演予定だったアーティストも10組ほどに縮小。出店数も減少。 フェスとしては小規模なものだった。 でも、熱かった。遊びに来てくれた人、手伝ってくれた人、歌ってくれた人、踊ってくれた人。 間違いなくそこにいた人は熱かった。だから、全てが熱く感じた。 島フェス開催に合わせたように、午後からは空も晴れた。 実家から手伝いに駆け付けてくれていた親父もニコニコしていた。 あまりきちんと話したことのない親父が、汗をかいて手伝ってくれている。 何度も涙が出そうになった。 僕はこの「お祭り」を開催するにあたって、本当に多くの人に甘えた。 能力も足りないくせに、お金もないくせに、熱意だけで突っ走った。 企画を思い立ったのも1年ほど前で、準備も不十分。 超絶楽観的思考で、みんなをいつも心配させ、本当に反省の連続だった。 思い返すと恥ずかしくてうずくまってしまう。 でも、絶対に楽しいお祭りになると思っていた!絶対に、そうしたかった。 ここにどんなに多くの言葉を並べても、僕のみんなへの感謝の気持ちを伝えるには足りないのだけど、 今回関わってくれたみんなには、きっと一生かかってでも、絶対に恩返しをしたいと毎日思っている。 もしみんなに何か困った時があったら、絶対に俺は最後まで一番近くで力になりたい、と本気で思っている。 それは出演してくれたアーティストの皆さんに対しても同じだ。 あの人たちの音を、僕はずっと愛し続けるだろう。 こんな天候の中、船に揺られて来て下さって、会った時に笑顔で「晴れたね!」と言ってくれた皆さん。 僕はそういった人たちとのつながりを死ぬまで大切にしたいと強く強く思っている。 きっと死ぬまでこの気持ちは変わらないし、死んでもこの思いは消えないと思っている。 その島フェスを終えて、今日12月13日でちょうど100日になる。

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【百年つづく、いのちのフェス。】

百年つづく、って話した時に、みんな決まって「えっ?」って顔をする。 今改めてこの場をお借りしてはっきり言うけれど、 百年続けるってことは、自分ひとりでは達成できないってことだ。 何世代も何世代も、人の心と行動がつながってはじめて実現できる。 百年って、とても長く果てしない。 百年前の1911年には、清で辛亥革命が始まり、ロシア首相ストルイピンが狙撃され、 平塚雷鳥らが文芸誌「青鞜」を創刊した。 百年も経てば時代が変わる。人も変わる。価値観も変わる。 しかしその中でも残っていくものこそが人に愛されているカタチであり、価値である。 それはきっと、もともとそこに在るものではなく、そこに関わる一人一人が育てていくものだろう。 僕は命の限り、この想いを、この場を、この熱を、人に伝えていくことを続けようと思う。 そしてこの島フェスという新しいお祭りが、世代を超えて、百年、もう百年、もう百年と、 ずっとずっと生き続けてくれることを、楽しみに信じて生きていく。 瀬戸内の素敵な島で過ごす素敵な時間。船に乗って島へ向かう穏やかなひととき。 関わってくれる一人一人の人たちが、噛み締めて、楽しんでもらえることが何よりの幸せだ。 島フェス瀬戸内。 百年つづく、いのちのフェス。 永遠にスタート!!!!!!!!!

島フェス瀬戸内 代表 丸尾 誉 2011年12月13日

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